隠退牧師の徒然記<552>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<552>
2020年9月28日「祈る姿勢を教えられ」


聖書の言葉
神は言われる。終わりの時に、私の霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。
新約聖書使徒言行録2章17節)


前週は連れ合いのスミさんが9月19日に誕生日を迎えたので、お祝いの意味で記しておいた。9月は、実はもう一人の存在の誕生日をお祝いしていたのである。もはや他界しているが、父の誕生日が9月27日である。今年は27日は日曜日であり、その日の説教準備で父を示されたのであった。その日の説教は、旧約聖書に登場するソロモンを示されたのである。ソロモンは立派な神殿を造り、神殿を神様にささげるとき、神殿の意義を示されながらお祈りしたのであった。そのお祈りは、神様は人間の造った神殿に住まわれるのではなく、人間がこの神殿に向かって祈るので、この神殿に耳を傾けてください、というお祈りをささげている。日本の神社等は、この中に神様が鎮座されておられるので、その神様に向けてお祈りするのである。ソロモンは、人間の造った神殿には神様がお住いになるのではないが、神様がこの神殿に耳を傾けてくださる、という信仰なのである。そのような祈りの姿勢から、ふと、存命していたころの父の祈りを示されたのであった。
父は朝起きると、窓を開けて、まず東の空に向かってお祈りをささげる。そのお祈りが終わると、神棚の前に行きお祈りをささげるのである、神棚には鎌倉八幡宮、瀬戸神社、雷神社等のお札が掲げられている。そのお祈りが終わると、今度は仏壇の前に行き、お祈りするのであった。お祈りはまだ続く。台所の神様、荒神様にお祈りをささげる。これらのお祈りが終わってから一日が始まるのであった。私がキリスト教の牧師に導かれたとき、もしかしたら、父の祈りの姿勢が影響しているのかもしれない。
父は97歳で他界したが、最後まで頑張って生きたと思う。母はすでに世を去っているが、その後、90歳以上の父と入退院を繰り返す姉が共に暮らしていたのである。その頃は宮城の教会から神奈川県の教会に移っていたが、共に暮らすことはできなかった。二人の姉や私の連れ合いが、代わる代わる介護をしていたが、それでも父は一人で生活していたのである。そして老衰もあり、病院に入院してから三ヶ月で他界したのであった。父の祈りの姿勢は、自らの生きる姿勢であったのであろう。
父の思い出といえば、その祈りの姿勢と共に多々あるが、やはり源平桃を咲かせてくれたことであろう。同じ木の枝から赤い花と白い花が共に咲く。まことに見ごたえのある花でもある。父は苗木を作ってはご近所の皆さんに差し上げたので、この界隈を歩くと、結構、源平桃の花を見るのである。スペインに在住して、ピアノの演奏活動をしている娘の羊子が、「源平桃」と題して作曲しており、各地で演奏している。
父は97歳、母は90歳の長寿を全うしているので、目標にしているのであるが…。

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鈴木家に咲く源平桃の花。

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