隠退牧師の徒然記<561>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<561>
2020年11月29日「振り返るときを与えられ」

聖書の言葉
キリストのためになされているすべての善いことを、あなたが知り、あなたの信仰の交わりが活発になるようにと祈っています。(フィレモンへの手紙6節)


11月も終わりになっており、もはや12月の歩みとなる。年末になったとの思いが深まってくるのであるが、おのずと一年間の歩みがよみがえってくるのである。いうまでもなく、今年はコロナウィルスに悩まされ、新しい年へも引き継がれることでもある。感染予防に明け暮れた年である。しかし、コロナばかりの歩みではなく、いろいろな人との出会い、関係を持ちつつ歩んでいることは例年と変わりない。この時期になると知人の皆さんから喪中のご挨拶をいただくようになる。その中にA子さんの喪中のご挨拶をいただいている。A先生のお連れ合いである。そのA牧師は今年の2月3日に79歳で召天されている。先生のご召天を知るのは夏も近くになっていた頃だと思う。後で知ることになり、驚くと共にお交わりをいただき感謝しているのである。
もっともA先生とお交わりをしたのは、かれこれ40年も昔になるのである。私がまだ40歳台であったが、その頃、日本基督教団は牧会者共同研修会を開催していた。その研修会に参加した時、A先生も参加され、一週間、寝食を共にして過ごしたのである。お交わりはこの時だけであり、その後はお会いすることがないのであるが、不思議なご縁で、結びつくのである。2013年3月より日本基督教団世界宣教委員会より推薦されてマレーシアのクアラルンプール日本人教会のボランティア牧師に赴くことになる。この教会は2012年3月までは専任の牧師がおられたが退任される。その後の牧師が決まらないので、日本基督教団に協力を求めたのである。それで、日本基督教団は隠退牧師を派遣することにしたのである。それもパスポート期限の三ヶ月間であり、順次隠退牧師が派遣されることになる。私は五番目に赴くことになったのであるが、最初に派遣されたのがA先生であったのである。だからお会いすることもないのであるが、昔のお交わりが基となっているが、新しいお交わりが導かれることになる。私たちがボランティア牧師として務めていた時、娘の羊子のチャペルコンサートを開かせていただくことになる。そのとき、A先生が娘のことをマレーシアの教会の皆さんに紹介してくださったのである。お会いしているのではないが、私の娘がピアノの演奏活動をていることをご存知であり、紹介文をお送りくださったのであった。その後、娘の羊子が日本で、関西でもコンサートを開いたとき、ご夫婦で会場へお出かけくださったのである。従って、牧会者共同研修会以来、A先生とはお会いしてないが、むしろ娘の羊子が、関西では二度ほどコンサートを開催しているので、その都度、おいで下さり、お交わりをいただいていたのである。
A先生のお連れ合い様より喪中のご挨拶をいただいたとき、前後してマレーシアの教会でボランティア牧師として過ごしたことを示され、しばし、思いを馳せたのであった。

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マレーシア・クアラルンプールにあるキリスト教日本語集会。
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マレーシア滞在中、この高いマンションの一室で過ごしていた。