隠退牧師の徒然記<491>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<491>
2019年7月29日「天国への一里塚」


聖書の言葉
あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である。
新約聖書・マタイによる福音書5章13-14節)


我が家の娘、星子が飼っていたインコ「モミジ」が亡くなる。もう20年も星子の家族として過ごしてきたのである。ズグロオトメインコという種類であり、赤や青の羽がとてもきれいな鳥であった。インコなので音の真似をする。星子の声やドアの開け閉めの音まで真似るという。長年、共にいた家族なので、ねんごろに埋葬したいのである。その動物墓地が鈴木家の庭にある。我が家の子どもたちが、それぞれ飼っていた動物が亡くなると、この墓地に埋葬するのである。我が家でもリスや犬たちを飼っていたが、いずれも亡くなり、この墓地に埋葬している。犬は大塚平安教会時代に飼っていたが、亡くなったので、教会の植え込みに埋葬しておいた。しかし、教会を新しく建設することになり、こちらの墓地に改葬したのである。
過日、モミジの埋葬をしたのであるが、お花と共にねんごろに埋葬したのであった。そして、星子はモミジが好物としていたバナナやリンゴを供物としていた。いずれ腐ったら処理しようと思っていた。そしたらいつの間にかバナナが消えていた。近辺を徘徊するリスが持って行ったのであろう。このリスは電線渡りでいつも見かけている。電線から墓地までは距離があるので、果たして見つけるかなと思っていた。嗅覚でもなく、本能的においしいものを見つけるのであろう。供物のリンゴはさすがに大きくて持っていかれないであろう。リスが食べてくれたらモミジも喜ぶだろう、なんて思ったりして。
動物の墓地と共に人間の墓地に思いを寄せる。大塚平安教会に赴任して3年目には厚木霊園に教会墓地を完成する。それまでは川崎の春秋苑にあったが、遠いこともあり、墓地の土地だけで納骨堂なるものは造られていなかった。近くの霊園を物色していたのである。厚木霊園ができて、すぐに墓地を取得。納骨堂の設計は牧師に一任されたので、導かれるままに設計し、完成したのである。すでに多くの皆さんを埋葬しているが、墓地を訪れるごとに天国への思いが導かれるのである。墓地の前にたたずむことで、お交わりいただいた皆さんを示される。力強いお証しをされつつ歩まれた人生である。墓地は天国の一里塚でもある。いろいろと悩むことがあったら、墓地の前にただずむことである。
ところで前記したモミジのお墓に、供物としてバナナやリンゴが備えられていた。バナナは徘徊するリスが持って行った。さすがにリンゴは大きいのでくわえることができない。そこでくわえやすいように細かく切っておいたのである。二日後の朝、墓前にはリンゴはひとかけらも無くなっていた。リスが家族でやってきたのか、せっせと運んだのか。モミジのお参りかたがた食べ物をもっていくリスのために、モミジの供物を考えているのだが。

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星子の家族であったモミジ。種類はズグロオトメインコとか。
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鈴木家の庭にある動物墓地に埋葬。
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鈴木伸牧師が設計して建設した納骨堂。久しぶりに、2019年3月に訪れる。
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