隠退牧師の徒然記<733>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<733>
2024年3月18日「春に向けて ⑦」

聖書の言葉
兄弟たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待つのです。(ヤコブの手紙5章7節)

自宅の近所の家が建て直しをされるようで解体が始まる。その解体で残念なことは、その家の前には桜の木があり、春になると奇麗な桜の花を喜んでいたのである。かなり太くなっており、花を楽しませていただくが、花が散ることになると、その家の方が花びらの掃除で大変のようであった。さらに秋になると落葉となり、これもまた大変のようである。こちらは通りすがりのもので、きれいな桜を喜んでいるだけで、掃除をしないのであるから、申し訳ないと思っていた。しかし、もう少しで桜の花が咲くというのに、切り倒してしまい、残念の一言である。今年の開花宣言がテレビで報じられるようになっており、横浜方面は3月21日頃とか。私の印象では、桜の花と言えば、4月の入学式の頃と思っていたが、最近は早くなったのか、3月の卒業式の頃になっている。今は学校等で卒業式が行われている。能登半島の災害地の小学校での卒業式の様子なども報じられている。長年、教会の牧師と共に幼稚園の園長を担ったので、いろいろな卒業式が蘇ってくる。幼稚園の場合、「卒園式」と称している幼稚園が多い、しかし、担った幼稚園では「卒園式」ではなく「卒業式」と称していた。送り出す子供たちは、幼稚園を卒業したのではなく、幼稚園時代の業を卒業したのである。幼稚園は生涯教育として、送り出した子ども達とはいつまでも関わっているのである。そのため毎年「たより」を卒業生に送り、人生を励ましているのである。特に心に示されているのはハンディキャップを持った子供たちである。ある年、目が見えず、知的障害を持つお友達のAちゃんを受け入れた。先生達とも協議し、どのように対処するか、いろいろな状況を示されていた。しかし、先生たちが案じていたことが、解消されつつあったのである。毎日、Aちゃんの周りには親衛隊がおり、お友達が見守ってくれるようになったのである。そして、迎えた卒業式である。卒業式には、一人一人前に進み出て、園長から修了証書を受け取る。Aちゃんの名前を呼ばれると、一人のお友達がAちゃんの手を引き進み出る。そのお友達がAちゃんの修了証書を共に持ち、Aちゃんの席に戻って行ったのである。Aちゃんについては保護者の皆さんもご理解されているので、涙を持ってAちゃんの卒業を喜んだのであった。Aちゃんのお母様とは、その後もお便りをいただいていた。Aちゃんが進んだ学校で染物クラブに所属し、Aちゃんが関わったという染物を送ってくださった。その染物は幼稚園の玄関ホールに飾っていたが、数年前にその染物はAちゃんのお母様にお返ししたのであった。もはや玄関ホールに飾っていても、どなたもAちゃんを知らないからである。私も存在しないのでお返ししたのであった。玄関ホールに染物が飾られなくなったが、私の存在の中に飾られているのである。Aちゃんのことは一例であり、いろいろな子お友達を記すとしたら枚挙にいとまがない。桜の花を喜びながら、送り出したお友達を思いだしている。さて、今日はどのお友達に思いを馳せようか。春に向けての一つの取り組みでもある。

幼稚園の卒業式で修了証書授与
卒業のお友達を先生達が見送る

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