隠退牧師の徒然記<523>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<523>
2020年3月9日「聖地旅行 1 」


聖書の言葉
そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。
(ローマの信徒への手紙15章29節)


この項で示す「聖地」とはイスラエルエルサレムであり、キリスト教イエス・キリストの足跡でもある。聖地を訪ねることは、キリスト教の信者ばかりではなく、歴史を大きく変えた存在を知りたい人々もいるのである。私も、かねがね聖地を訪ねたいと思っていたが、それが実現したのは1995年であり、もはや25年の昔のことである。今、再び思い起こしつつ、その記録を紐解いてみるのも意味があると思う。

ツアー名:旧・新約聖書の舞台を訪ねるエジプト・イスラエル聖書“旅考”
開催期間:1995年12月29日〜1996年1月7日
旅行主催:インターナショナルツーリスト(株)
旅行代金:388,000円

この広告を日本基督教団出版局発行の雑誌「信徒の友」で見たとき、すぐに気持ちが動く。今までは長期の留守ができなかったのである。教会の牧師、幼稚園の園長を担っていたからである。それが、この時点でもう一人の牧師が存在しており、可能になったのである。申し込み後、友人の山鹿昭明牧師も一緒に行くことになり、この先生により初めての外国旅行が助けられたのである。出発のとき、連れ合いのスミさんが子ども達を集めてお祈りをしてくれた。
『初めての外国旅行思い立つ牧師の願いイエスの御跡』 
『聖地へと旅立つ者を気遣いて子ども等を集めて祈る連れ合い』
横浜駅で山鹿先生(以下、山ちゃんと称す)と待ち合わせをし、JRの成田エキスプレスで成田飛行場へと向かう。飛行場で旅行社から航空券を受け取り、搭乗ゲートをくぐる。外国行きに慣れている山ちゃんが先立ってしてくれるので、私も臆することなく旅行者になることができた。
 15:50 成田飛行場から大韓航空でソウルへと飛び立った。ツアーは15名の募集であったが、最終的には19名になったようである。日本全国から集まってくるので、ソウル空港が集合場所になっている。関西空港名古屋空港福岡空港新潟空港からそれぞれソウル空港に集まってくるのである。
 18:15 ソウル空港に予定通り着く。ソウルはもはや夜景であり、東京と同じようにネオンサインが明るく、にぎやかに瞬いている。東京より華やかさが強いと思ったし、赤い十字架が非常に多く目立っていたことが印象的であった。
『聖地とは歴史に生きる人々の信仰の姿を訪ね歩くものなり』
『乗り継ぎのソウルの街の夜の灯に赤いネオンの十字架続き』

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エジプト空港からシナイ山へ向けて、このバスで550㎞の旅が始まる。
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途中、土地の人々が物売りに。
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スエズ運河を大きな船が航行していた。
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砂漠の中にレストランが。
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