隠退牧師の徒然記<516>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<516>
2020年1月21日「信仰が力となり」


聖書の言葉
エスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」
新約聖書・マルコによる福音書5章34節)


毎週ではないが、木曜日にはキリスト教書店が寄ってくれる。大塚平安教会時代に定期的にキリスト教書店さんが寄ってくれて、最近出版されたキリスト教の本を見本に持ってきてくれる。いちいち書店に行かなくても、持ってきてくれるので、内容を参照しながら買い求めることもあるが、多くは見本を見るだけである。寄ってくださる書店の人が、それまでも数人変わっているが、大塚平安教会を退任する頃は、まんざら知らない人ではなく、なんとなく関わりのある方であった。その昔、宮城県の教会の牧師をしている頃、隣の教会が鳴子教会であり、その教会の牧師先生ご夫妻とは親しくお交わりをさせていただいていた。そのお子さんがキリスト教書店にお勤めで、大塚平安教会時代でお会いしたということである。大塚平安教会を退任したので、もはやお会いすることもないと思っていたら、わざわざ自宅に寄ってくださるようになったのである。自宅にいながらキリスト教関係の書物等を注文できるのでありがたいと思っている。それで、今回はキリスト教の香典袋を注文したのであった。最近と言うわけではないが、買い求めておいたキリスト教の香典袋が無くなる。先日の吉澤暢紘さんの葬儀で、残る一つがあったので良かったが、買い求めておくことにしたのである。キリスト教では「お花料」と称している。霊前とか仏前等の区別はない。
その吉澤暢紘さんの葬送式については前回も記している。しかし、前回は葬送式に列席する前に記したもので、吉澤さんのお証しには触れていないのである。葬送式に列席することで、吉澤さんのちから強い信仰の証しを示されたのであった。吉澤さんがご病気であることについては、最近知ることになった。この度のご召天は、そのご病気の故であると思っていたのである。ところが吉澤さんは23年間もご病気と共に歩まれて来られたのであった。吉澤さんは76歳で召されたが、洗礼を受けられたのは50歳の時である。若いころからのクリスチャンと思っていたのである。洗礼を受けられる導きは、合唱団に所属しており、そこで歌われる「マタイ受難曲」やキリスト教の名曲を歌う中で教会に導かれたのであった。そして、洗礼を受けられてから3年後にはリンパ腫の宣告を受けられたのであった。お連れ合いの食事療法をいただきながら、病を持ちながらも、病を知らせることもなく、力強くお働きになられたのであった。教会や幼稚園のいろいろな職務を担っておらた吉澤さんからは、病については何一つ伺ってはいなかったのである。そして、美しく賛美をささげる歩みは、人々に感銘を与えられたのであるが、この度、23年間も病と闘いつつ、人生を歩まれたこと、本当に大きな信仰の証しと示されている。

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横浜本牧教会で行われた吉澤暢紘さんの葬送式。
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ご病気であることをどなたにもお話しすることなく、お元気に歩まれていた。
noburahamu2.hatenadiary.org