隠退牧師の徒然記<695>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<695>
2023年6月26日「応援牧師として」

聖書の言葉
あなたがたが皆もう二度とわたしの顔を見ることがないとわたしには分かっています。わたしはあなたがたの間を巡回して御国を宣べ伝えたのです。(使徒言行録20章25節)


前回は30年間務めた大塚平安教会に続いて横浜本牧教会の代務者としての歩みを振り返った。4月から9月までの半年であり、10月からは全くどこの教会にも所属しない身分になる。もはや70歳にもなっているので、どこの教会にも就任することはないということである。それでもまだ隠退はしなかった。隠退しないで、どこの教会にも所属しない場合は無任所教師と言う立場になるのである。だからまだ現役と言うことになる。隠退しなかったのは、現役として代務者の職務があれば、受けても良いと思っていたからである。そんな思いでいる時、代務者ではないが、月に一度であるが、礼拝説教をすることになった。横須賀上町教会である。実は今までの横須賀上町教会牧師が横浜本牧教会に就任したのである。本来は4月に就任するべきであるが10月からの就任となる。すると横須賀上町教会が10月からは代務者を置いての歩みとなる。代務者は決まったのであるが、その代務者は自分の勤めている教会があり、毎週、横須賀上町教会での礼拝は担当できないのである。それで複数の牧師が応援することになり、私も月に一回であるが礼拝を担当することになったのである。そのような体制が1年半続くのであるが、いよいよ専任の教師が赴任することになる。しかし、まだ補教師なので、聖礼典は執行できない。聖礼典とは洗礼式、聖餐式を司ることである。日本基督教団の決まりとして聖礼典は牧師が執行することになっている。補教師は教会では伝道師と称され、正教師になってから牧師と称されることになるのである。専任の伝道師が決まったので、応援体制はなくなる。伝道師が毎週の礼拝を司ればよいのである。しかし、聖礼典が執行できないので、聖礼典が執行される日、聖餐式の執行であるが、その日は正教師を招いて礼拝をすることになる。その毎月の聖餐式の礼拝を私が担当することになったのである。毎月の第二日曜日には横須賀上町教会の礼拝説教、そして聖餐式を担当することになったのである。それは2012年から2017年6月まで続くのであった。この間、聖餐式ばかりではなく、洗礼式も司ることになる。2017年になって今まで補教師であった伝道師が正教師になり、いよいよ牧師に就任したからである。牧師になったことで、私の使命は終わることになったのである。
横須賀上町教会は神様のお導きでお勤めが与えられたのであるが、つらつら考えてみると、この教会にはずっと昔から関りが導かれていたのである。私が高校生の頃、この教会に清水ヶ丘教会出身の牧師が就任する。その就任式に列席したものである。そして、その牧師を何度か訪問したこともある。それから、私の叔母が清水ヶ丘教会員であったが、この横須賀上町教会に転入会したのである。そのように昔から関りのある横須賀上町教会のご用を司ることができ感謝しているのである。そして、今は大塚平安教会出身の牧師が伝道師として就任しているのである。月に一度、礼拝を司ること5年間、教会の皆さんとのお交わりが深められ、赴くことを楽しみにしていたものである。その頃の皆さんも高齢となられ、なかなか礼拝に出席できない方もおられると示されている。

横須賀上町教会で説教を担当する。
横須賀上町教会の教会学校でお話をする。

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