隠退牧師の徒然記<612>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日~)<612>
2021年11月22日「お恵みは変わらずに」

聖書の言葉
穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかなければならない。(レビ記19章9-10節)


10月31日は宗教改革記念日であり、ブログも記念日に因んで記しているが、11月21日は収穫感謝日であるので、この日も宗教改革に関わるのである。16世紀にヨーロッパの世界では宗教改革の嵐が吹き、各国はカトリックプロテスタントか、歩みを選ばなければならなかった。そういう中で、イギリスはどちらかではなく両方、カトリックプロテスタントの両方を取り入れながらの歩みとなったのである。それが英国聖公会である。しかし、聖公会に対しても新しい信仰の歩みをするのがピューリタンの人々であった。そのピューリタンの人々がアメリカ大陸に渡り、原住民のインディアンの助けを受けながら大地を開墾し、最初の収穫物をささげて礼拝をしたことから収穫感謝祭が始まったのである。アメリカでは第四木曜日をThanksgiving Dayとしたのである。日本の教会はでは第三、または第四日曜日に収穫感謝礼拝をささげるようになっている。
収穫感謝のイベントを思い出す限り、いろいろな物語が残されている。教会では毎年収穫感謝礼拝をささげており、その日には皆さんが果物や野菜を持参され、聖壇に飾り、感謝の礼拝をささげるのである。礼拝後はその果物を、礼拝に出席できない高齢者の皆さんを訪問して差し上げていた。神様のお恵みを共に喜び、感謝するためなのである。教会学校のお友達も同道し、子どもさんびかを歌うこともあった。差し上げる果物は、少々であるが、帰りにはたくさんの果物をいただくことも。果物がたくさんあると言われて下さるのであった。白菜やキャベツ等、持って帰るのが大変でもある。また、収穫感謝祭には、幼稚園では子ども達と共においしい食べ物を作る楽しみがある。多くの場合、カレーライスであるが、野菜の皮むきや刻んだり、初めて包丁を持つので、先生たちも十分注意しながら準備するのであった。そして、全員で会食をするのであるが、自分で作ったことになるカレーライスなので、おかわりすること二度三度である。
この時期、今までの教会や幼稚園の収穫感謝を思い出しているが、六浦谷間の集会でも収穫感謝礼拝をささげている。やはり果物や野菜を中心にして、少人数であるが、お恵みを感謝しているのである。ところで我が家の秋の収穫物はみかんの類であるが、今年は柚子の収穫が少ない。少ないと言っているのは昨年と比較しているからである。昨年は鈴なりの柚子の収穫があった。ご近所もさしあげたくらいである。今年は収穫はあるものの昨年ほどではない。それでもお恵みを感謝しているのである。
収穫ではないが、今年はツワブキの花がきれいに咲いている。いつも咲いていると思うが、こんなにきれいに咲くのも珍しいのである。柚子の収穫が少ないためなのか…。今年も神様のお恵みを感謝することができ喜んでいる。

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収穫感謝礼拝では、果物や野菜を聖壇に置き、感謝の礼拝をささげる。
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幼稚園の子ども達も感謝礼拝をささげる。
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感謝礼拝の後は、楽しい会食。
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六浦谷間の集会も感謝礼拝をささげる。
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今年は、庭の一角にツワブキの花がきれいに咲いている。

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